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 今日のマリアの下着は、彼女が好む極めて面積の小さいタイプのものだった。
こんなもので下着としての役割を果たしているのだろうか、と龍麻はいつも疑問に思う。
なにしろ空気抵抗でも考慮されているのかというくらいに鋭角にデザインされた布地は、
本当に隠すべき秘所だけをかろうじて覆っているにすぎず、しかもその布地は、
目を凝らせば透けてしまうような薄さなのだ。
まさかこんなものを朝から履いていたわけがない──きっとブラジャーと同じく、
面談の前にどこかで履き替えたのだろう。
マリアが自分を驚かせるためならどんなことでもやりかねないことを、
もう随分思い知らされている龍麻は、こんな下着を見てもいまさら驚きはしなかったが、
今朝から今まで、そんな素振りを毛筋ほども見せずにいたマリアには感嘆するほかなかった。
 女の花唇それ自体をも意匠にとりこんでいるような淫靡な下着を、
龍麻が半ば放心して見ていると、後頭部に添えられたマリアの指に力が加わる。
それを合図に、龍麻はマリアの下着に手をかけた。
サイドの部分は、というより前部以外はそうなのだが、単なる紐になっていて、
少し力がかかってしまっただけで簡単にちぎれてしまいそうだ。
だから龍麻は慎重に脱がせようとしたのだが、頭に爪が立てられる。
仕方なく催促に応じて、それでも可能な限り丁寧に脱がせると、
待ちかねたように頭を押しつけられた。
 濃密な女の香りに鼻腔を埋め尽くされ、頭がくらくらとする。
マリアの両足を抱えるようにして身体を支え、龍麻はより合わされている秘唇へと舌を伸ばした。
舌の広い部分を使う、彼女が好むやり方で愛撫を施していく。
「フフッ……そうよ、上手いわ」
 少しずつ開きかけている秘裂を、ひだに沿って舐めていく。
マリアの態度に変化はないが、さほどの時間を置かず匂いが増した。
舌先に蜜滴を感じた龍麻は、愛撫の矛先を変える。
柔らかな包皮に包まれた、桃色の宝石。
性に奔放な女吸血鬼には似つかわしくないほどの、可憐なたたずみを見せるひそやかな蕾を、
龍麻は舌先で突ついた。
「あ、ふッ……ん……」
 マリアの身体が丸まり、身体全体で龍麻の頭を抱えこむような姿勢になる。
囚われた龍麻は熱と匂いで朦朧もうろうとする思考の中、執拗に秘芯をねぶった。
「ああ……はぁ……ッ、あぁ……」
 充血し、固くなった芽を、唇の奥で甘噛みするのが、彼女の好きな愛撫だった。
じっくりとそれを教えこまれた龍麻は、忠実にそれを繰りかえす。
その合間にただ噛むのではなく、弱く吸ってやると、耳の横で内腿が心地良さげに震えた。
 黄昏へと移ろう太陽が、二人から遠ざかっていく。
眩しさと暖かさを感じていた日光は教室の一部を照らすのみとなっており、
二人のいる場所はようやく情事にふさわしい色彩へと染まっていた。
「龍麻……立ちなさい」
 小さく肩を震わせたマリアは、従者を立たせる。
両頬を挟まれ、視線を繋がれたまま立ちあがった龍麻は、導かれるまま彼女と繋がった。
優しく屹立を迎えいれ、牡を歓待する秘路に、早くも膝の力が抜けそうになる。
「フフ……いつもよりも大きいわよ」
 揶揄するようなマリアの声も聞こえず、龍麻は一心に抽送を始めた。
熱い肉路の全てを知り尽くそうとするかのように、猛りを叩きつける。
二人の間に細い糸を何本もかけるほどあふれだしていた淫らな蜜が
攪拌されて立てる音はこの上もなく卑猥で、
荒い息と時折重なるくぐもった声を伴奏として官能の曲を奏でていた。
「せ、んせ……い……」
 学校以外の場所でそう呼ぶことは禁じられていた。
だが今は、場所は学校でも状況は違う。
迷った末に龍麻がそう呼ぶと、気に入らなかったようで、マリアは首に両手を回した。
「ん……ッ」
 息もできなくなるほどの、熱烈なくちづけ。
頭の中が白み、我を忘れて龍麻は腰を振りたてた。
「マ……リア……」
 離れたマリアの唇は、赤一色ではなかった。
龍麻の主観で見たら間違いなく世界で一番美しい、
客観で見ても十人の中には含まれるであろう美貌に、異形のものが突き出ている。
歯にしては長い、マリアが他の人間には決して見せないそれは、
人の証では決してないというのに、龍麻を虜にして離さない。
 舌が首筋をまさぐる。
それが穿つ場所を探っているのだ、と気付いても、もう龍麻は止めさせようとはしなかった。
そうすることが合図なのだと知りつつ、終わりへと自分から近づいていく。
「龍麻……愛してるわ」
 囁きは耳の下から聞こえ、濡れた唇が首を塞ぐ。
総毛立つほどの快さに、龍麻は観念して目を閉じ、そして達した。
「……っ!!」
 女の奥深くへ注ぎこむ快感。
マリアの膣は暴れる屹立を優しく包みこみ、締め上げる。
密着した腰をさらに突き出し、マリアの身体を強く抱きながら、龍麻は存分に果てた。
 幾度も腰をひくつかせ、ようやく射精の快感が終わりかけた頃、首筋に小さな痛みを感じる。
もたらされる、虚脱させられる悦び。
おとといあれほど拒んだ吸血を、龍麻は完全に受け入れていた。
身体に孔を開けられ、体液を抜かれているのに、
マリアの身体を抱く腕の力を緩めないのが、その何よりの証拠だった。
屹立を彼女のなかに収めたまま、龍麻は肉体を差し出す。
首筋に貼りついた唇が弱く吸い上げるたび、喘ぎにも似た吐息が口を衝いた。
血と引き換えに性交では得られぬ快感を味わいながら、龍麻は身と心を愛しい吸血鬼に委ねたのだった。

 気がついた龍麻の目に映ったのは、見知らぬ天井だった。
自分の居場所がわからない怯えに憑かれて起き上がろうとしたが、ひどく体がだるい。
眩んでしまって額を抑えていると、マリアの声が聞こえてきた。
「気付いたわね。アナタ、気を失ってしまったのよ」
 すみません、と反射的に謝ってから龍麻は、
気を失った原因がほとんど彼女にあることを思い出して複雑な気分になった。
だが吸血鬼の罠にかかった男に、怒りはこみあげてこなかった。
その気力もおこらないほどだるかったのだ。
それも彼女に原因が──血を吸われて、血圧が下がっているのだ──
あるのだということまでには頭が回らず、龍麻は目を閉じた。
どうにも身体がだるく、再びベッドに横になる。
「大丈夫?」
 マリアの冷たい手が額に快い。
余計な心配をかけまいと龍麻が笑顔を作ると、マリアも微笑んだ。
「もう少し寝ていなさい」
 やはり彼女は吸血鬼であっても、優しいひとなのだ──
想いがこみあげてきて、龍麻は目を閉じた。
しばらく横になっていれば、すぐに回復するだろう。
なんといっても自分は、彼女が探し求めていた『黄龍の器』なのだ。
ちょっとやそっと血を抜かれたくらいでは、どうということもない。
「ところでね、龍麻」
 マリアの声が遠ざかっていく。
まさかマリアは自分を置いて帰ったりはしないだろうが、
低血圧のおかげで精神が少し不安定になっている龍麻は、彼女に呼びかけようとした。
その、口を開いた時に生じた音の空白に、小さな響きが聞こえる。
「今日はワタシが鍵の責任者──つまり、ワタシが戸締りをすることになっているのよ」
 マリアは何を言い出すのだろうか。
あまりにも唐突なことを言うマリアに、不安がせり上がってくる。
心臓の音が大きくなっていくのはなぜなのだろう。
興奮しているからではないのだけは間違いない。
「アナタが気を失っている間にそれは済ませてきたのだけれど」
 衣擦れの音。
あまりにも甘美なその音から逃げるように、龍麻はシーツを被った。
もう逃げ場などないのに、そんなシーツ如きで吸血鬼から逃れられるわけなどないのに、
首を縮め、懸命に現実を拒もうとした。
重みがのしかかってくる。
心地良い女性の重み。
支え、受けとめなければという気持ちにさせる重みが、身体をベッドに沈める。
それでも龍麻は怯え、儚い隠れ蓑から顔を出さなかった。
「ところで、ね」
 マリアの声が途切れる。
彼女は何をしようとしているのだろう──知ったところでもはやどうしようもないのに、
龍麻はシーツの内側で興味を抱いてしまう。
決して見てはいけない──古今、数多の童話や昔話の題材に選ばれている禁忌。
それは人の根源的な欲求に根ざすもので、守れないが故に教訓として世界中に伝えられていること。
それでも龍麻はよく抗って、好奇心をねじ伏せていたが、
ここにはもう一つ、龍麻が心に留めるべき昔話があった。
 龍麻はマリアから身を隠している。
しかし、たった一箇所だけシーツの外側に出てしまっているところがあった。
 上に乗ったまま動きを止めたマリアに、龍麻は彼女が何を企んでいるのだろうと気配を探る。
だが確かめるまでもなく、彼女の意図はすぐに爪から伝わってきた。
「あ……」
 爪を甘噛みされてたまらず顔を出してしまった龍麻は、思わぬ近さにあったマリアの瞳に魅入られる。
教室で見た時よりも濃さを増した蒼氷に、呑みこんだ生唾までもが冷たい。
怯える龍麻に低い声の宣告がなされる。
剥きだしの肩に、落ちかかる金髪。
本来なら魅惑的なそれらのパーツが、死神の鎌に龍麻には見えた。
「そういえばアナタ、たまには変わった体位かっこうでするのも悪くないって言ったわね」
「待ってください、先生」
 龍麻は声を絞り出した。
かちかちと歯が当たっているのを無理に喋ろうとするので、どうにもろれつが回らない。
それでも慄える心を叱咤し、懸命に、押し出すように哀願した。
「俺、これ以上したら本当に」
「本当に、何?」
 本当に、死にます──普通の高校生が発することはおそらく一生ないであろう悲痛な訴えを、
魂を削りだした声で起こした龍麻だったが、残酷な吸血鬼はそれを一笑に付した。
「いいわよ、そうしたら永遠にワタシの眷属モノにしてあげる」
 マリアはきっと、本当にそうするだろう。
彼女にとって永遠を生きる者が増えるのは、喜ばしいことに違いないのだから。
 龍麻は反論を諦め、観念して目を閉じた。
彼女と共に在るのなら、人間でなくなっても大したことではないのかもしれない。
そんな気が、ちくりと疼いた首の孔からした。
「そうよ」
 考えを読み取ったかのようにマリアが言う。
「アナタはワタシの傍にずっといるのよ……永遠に」
 吸血鬼の唇が触れる。
それは優しく、冷たいキスだった。



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